期 間
日蓮上人は、鎌倉の辻説法で、「念仏無間 禅天魔 真言亡国 律国賊」と唱えて他宗をしりぞけ、我宗に帰依すれば極楽住生うたがいなく、他宗を信ずれば地獄におちると主張しました。 姓名学にも各流派があって、各々が自流のすぐれた点を主張し 他流をしりぞける傾向にあります。 一つの流派で命名、もしくは鑑定したならば、他の流派で鑑定してはいけません。 但し、今現在、その流派の説明に対して、どうしても納得いかない場合は、しかるべき流派なり鑑定師の先生を紹介していただく必要があるかもしれません。
姓名鑑定の流派(字画) 姓名学を追求した多くの流派があります。「字画」に関しては、大別すると参系統あります。 一.「字源派」字画とは時代時代で変化するものではなく、正しい字源に則った本字(旧漢字)の 画数により鑑定するという考えが字源派です。
二.「筆勢派」現在の常用漢字または、その時代時代に応じた略字により、字画はその筆画 (筆勢の強弱)により鑑定するという考え方が筆勢派です。 三.「混成派」本字(旧漢字)でも略字でも、現在、本人が使用している文字の画数により 鑑定するという考え方が混成派です。
”字源派 ”
字源派にこだわる大きな理由 紀元前五五二年中国に生まれ、帝王学を築いた儒教の創始者・孔子が「文字には命があり、霊が宿っている」と説き、文字に宿る力を解き明かしました。 孔子は「文字によって現される人間の姓名は単なる符号ではなく、それぞれの文字が持つ命・霊が複雑に絡み合い、その人の運勢を操っている」と解いています。そして、その複雑な文字の絡み合いを名前にかくされた画数という「数」によって解き明かしました。 孔子はその数意を更に追求し、名前が構成する文字の画数に現れる一から九までの数字に宿るそれぞれの力を見出しました。 これを元に九星術が生まれ、姓名学も生まれました。 孔子の説いた画数という「数」によって解き明かされたものと、時代時代に応じて変化していった略字の画数の「数」とは、おそらく、かけ離れたものになってしまっていると言わざるえません。 数字に関する画数は、まさにその傾向が顕著に現れた証です。 数字の四、五、六、七、八、九、十は略字化された現在では、四は5画、五は4画、六は2画、七も2画、八も2画、九も2画、十も2画です。ところが、字源では、四は4画、五は5画、六は6画、七は7画、八は8画、九は9画、十は10画です。 これを具体的に名前に当てはめてみると、例えば四郎さんの場合 同じ名前が一方では〔吉〕、他方では〔大凶〕となってしまいます。 さて 、ここで確認しなくてはならないことは、姓名学の基礎を解き明かされた世界三聖のひとりの孔子が説き明かした、字源、本字による画数の「数意」と、昭和、平成という時代の流れの中で、出現した文字(時代時代で略字されたもの)の画数の「数意」とを比較した場合、どちらが信頼に価するかは、火を見るより明らかということで、字源派の存在価値と意義をおわかりいただけたと確信しております。